「長袖」ならぬ「背もたれ」をください

AI使うとテロップも簡単にいじれるとは…。
名探偵津田の言葉じゃないですけど、ACLに出るクラブには、背もたれをください。 背もたれが、必要なんです。
ACL謎ルール「30センチ以上の背もたれが必要」
ってことを聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
実は、直近公開されている規則には”30cm”の表記は既に記載がされていません。むしろかなり前に記載が外れています。
ですが、ACL ELITE(2024-25シーズンより)の導入を機に、”背もたれ”運用が一段と厳格化されているようです。という訳で、アジアサッカー連盟(AFC)のスタジアム基準についての変遷とJリーグクラブの対応について調べてみました。
「30cmルール」がニュースになった2016年
まず、「背もたれ30cm」という数字が最初に話題になった頃の話。時計の針を10年前2016年に戻しましょう。
8月に日刊スポーツが「ACLルール厳格化 川崎F等々力1階席は無観客に」という記事を報じました。
記事にはこうあります。
AFCのスタジアム規則では、観客席は「個席で30センチ以上の背もたれがあるもの」とされ、ACL出場には5,000席以上、AFC杯は3,000席以上が定められている。16年までは「個席を完備したスタジアムの使用を強く勧告」とし、猶予期間になっていた。だが「17年以降は規定は厳密に適用される」と、Jリーグを通じて各クラブに通達があった。規定内の席が5,000席あれば開催は可能だが、規定外の席は観客席として認められない可能性が一気に高まった。(日刊スポーツ ACLルール厳格化 川崎F等々力1階席は無観客に 2016年8月24日より)
(当時の)AFCのスタジアム規則では「個席で30センチ以上の背もたれがあるもの」とされ、ACL開催にはその席が5,000席以上必要だと書かれています。川崎フロンターレのホーム・等々力陸上競技場のバックスタンド1階席は、背もたれのないベンチシートや立見席が中心でした。そのため、「1階の約1万席が空席になりかねない」と報じられたのです。
そして、この記事には続きがあります。柏好きとしてはここが見逃せまなかったので記憶に残っています。
同6位の柏は規定の個席が3500席で、クラブは「今後の対応は未定」。 (同日刊スポーツ 2016年8月24日記事より)
さらっと書かれていますが、この時点で柏は「AFC基準の個席」を3,500席しか持っていなかったことになります。5,000席には全然足りていません。「今後の対応は未定」というクラブのコメントに、当時の担当者の苦心が透けて見えるようです。
ちなみに、3,500席の内訳ですが、メインスタンド約4,500席からビジター指定席を引くと3,600席になりますが、計算ロジックは不明です。
2018年の日立台:立見はNG、背もたれは…?
そんな「背もたれ不足」の状況下で、柏レイソルは2018年にACLに出場しました。 では、日立台での試合はどう運用されたのか。
実際のチケット販売は、こんな感じでした。

AFCチャンピオンズリーグ2018 東地区プレーオフ2 チケット販売要項より
「立見はNG」「背もたれは不問」という運用でした。
明確にNGだったのは、ゴール裏1階(柏熱地帯)とビジターゴール裏の立見エリア。一方で、スタンドの座席は、当時のSS席にあった腰骨くらいまでの背もたれ(30cmはない)の座席もバックスタンドやサンライズシートの背もたれが申し訳程度に付いている座席も個席として認められたようで、販売されていました。
2018年の等々力:立見はNG
同じ2018ACL。川崎フロンターレの等々力でも、1階の立見エリアは販売されていませんでした。

川崎フロンターレ AFCチャンピオンズリーグ2018の席割
つまり、2018年の運用は、
- 「完全な立見席(両ゴール裏1階)」は閉鎖(柏・川崎)
- ただし、背もたれの高さや形状までは、そこまで厳密に突っ込まない(柏)
という、ある種の“グレーゾーン”が許容されていた時代だったといえます。
甲府と町田のケースに見る「AFC背もたれ本気モード」
ACLがACL ELITEになる過渡期、ここ数年でAFCが背もたれ本気モードを発動します。
2023-24 ヴァンフォーレ甲府 国立競技場で申請
次いでヴァンフォーレ甲府のACL出場(2023-24)です。 甲府はホームのJITリサイクルインクスタジアムを使用できず、国立競技場をホームとして戦いました。
サッカー批評やゲキサカの記事にはこうあります。
甲府がホームとしている山梨県所有のJITリサイクルインクスタジアム(通称JITス)が、ACLの「開催基準」に適合していなかったのだ。収容1万5853人。屋根のカバー率の問題はあるが、「J1基準」は満たしている。しかし「個席」を義務付けているACLでは、JITスタジアムの「ベンチ式シート」は認められていなかったのだ。(サッカー批評:まず甲府を悩ませた「ホームスタジアム問題」【ベテランジャーナリストがJリーグの「クラブ・オブ・ザ・イヤー」に甲府を選ぶ理由】 2023.11.17)
甲府はホームスタジアムのJITリサイクルインクスタジアム(甲府市)がAFCの施設基準を満たしていない(個席5000席が未充足)ため、国立競技場でAFCライセンスを申請。これが受理され、ACLを国立競技場で開催できる見通しとなった。(ゲキサカ 横浜FM、浦和、甲府のAFCライセンス未充足が判明…甲府は国立のACL使用が承認 2023.5.30)
甲府のケースでははっきりと、「個席5,000」という数字が、越えねばならない壁として示されました。
2025-26 ACL ELITE 町田ゼルビアのケース
もう1つが2025年のFC町田ゼルビアです。 ACL ELITEに出場した町田のホーム・GIONスタジアムでは、「AFCのスタジアム規定に基づき、一部の席は使用不可」というリリースのもとでチケットが発売されていました。

町田ゼルビアAFCチャンピオンズリーグエリート2025/26チケット情報 から引用
ゼルビアの360度ビューで確認してみると、使用不可となった座席は両ゴール裏およびバックスタンド1階=日立台でも見かける「申し訳程度に背もたれがついた席(お尻の方が少し高いシート)」のように見えます。 2018年のACL日立台では「まぁ、OK」とされていた席が、2025年には「NG」と弾かれてしまったことが分かります。

町田ゼルビア360度ビュー カテゴリ4(バックスタンド1階席)
規定の階層構造:どのルールが「親」なのか?
「背もたれ」問題が分かりにくいのは、AFCのルールが複雑だからです。AFCのルールの階層構造(親子関係)を整理すると、多少分かりやすくなるのかもしれません。なので少し遠回りですが、AFCのルールを整理します。
めっちゃシンプルに言うと、(今回の事象に関係する)AFCルールは以下の3階層で成り立っています。AFCのライセンス規則がスタジアム基準を守らせる「親」にあたるといえそうです。
| ドキュメント | 階層の持つ意味合い | 役割 |
| AFC Stadium Regulations | 技術的な仕様書 | スタジアムの物理的なスペックや定義を書いた辞書。単体では強制力はない。 |
| AFC Club Licensing Regulations | 義務付け(親ルール) | クラブに対してライセンスを付与するための根幹となるルール。「仕様書(スタジアム規定)の内容を守りなさい」と命令している。親ルールのようなもの。 |
| ACL Elite Competition Regulations | 参加条件(大会規定) | 「この大会に出るには、親ルール(ライセンス)を持っていること」を確認する。 |
最新と思われる『AFC Club Licensing Regulations (Edition 2024)』第17条(インフラ基準)には、はっきりと「ライセンス申請者はスタジアム規定の要件を満たさなければならない」と定めてあります。
すなわち、ライセンス規則という「親」が、スタジアム規定という「仕様書」を絶対条件にしているからこそ、背もたれの要件が現場に強制力を持って降りてくるといえます。
「30cm」はいつ消えたのか。
AFCの規定の変遷を洗ってみます。
2012年版「ACLスタジアム規定」の条文
10年以上前、日刊スポーツが報じた時点で運用されていた旧規定、『AFC Stadia Regulations for ACL & AFC Cup (2012 Edition)』には、座席に関する要件が明確に記載されていました。
条文(第29条)を引用すると、以下の通りです。
Seats for spectators must be individual, fixed (Ex: to the floor ), separated from one another , shaped , numbered, made of unbreakable and nonflammable material and have a backrest of a minimum height of 30cm when measured from the seat.
(意訳:観客席は、個席で、構造物(床など)に固定され、分離され…座面から測って最低30cmの背もたれを備えていなければならない。)
「最低30cmの背もたれ (a backrest of a minimum height of 30cm)」という、具体的な数値基準は、2012年規定に存在した訳ですね。
ちなみに、なぜ30㎝なのかと言うと、ココは推測ですが、AFCのスタジアム基準がUEFA Stadium Infrastructure Regulations(UEFAスタジアムインフラ基準)を参照して作成されていたからではないでしょうか。UEFAの規定には、「30cm」の記述が2018年版には残っています。
該当する条文(観客席に関する規定)を意訳すると、以下のようになります。
「座席は個別(individual)で、構造物に固定され、快適で解剖学的に形作られていなければならない。そして、座面から最低30cmの背もたれを有すること」(UEFA Stadium Infrastructure Regulations 2018 Editionより意訳)
- 出典(PDF): UEFA公式ドキュメント
2018年頃の規定:「数字の消失」とテキストの変化
「背もたれ30cm」ルールは、いつ消えたのでしょうか?
2017年頃のAFC基準の一本化・改訂を経て、明確な数値基準は廃止されました。この時期について、レイソルの意見交換会で以下の言及がありました。引用します。
昨年までACLを開催するためには、背もたれ30cm以上の席が5,000席以上なければならない、という規定が確かにございました。実は今年から基準が改定されており、基本的には、個席化されていて一定の背もたれがあるというように見直しが入り、「30cm」という明確な基準はなくなっています。
この発言から、ACL基準の「背もたれ30cm」ルールは、遅くとも2017年には「明確な基準としては記載がなくなった」ことが確認できます。
現在の最新規定と思われる『AFC Stadium Regulations (Edition 2021)』を見ても、明確な数値は存在しません。
現行の第39条には、以下のように記載されているだけです。
39.1. All Spectators shall be seated. Seats shall be: (中略) d) equipped with a backrest to provide support to the back.
(意訳:座席は、背中を支えるための背もたれを備えていること。)
厳格化:「数値基準」から「機能基準」へ
「30cm」という数字は消えましたが、甲府や町田の事例に見られるように、運用はむしろ厳しくなっています。
- 旧基準 (2012年): 「30cm」あればOKという数値基準。
- 移行期(2017年頃):「30cm」の規定上の削除、「背もたれ」がない席でも販売できた2018年柏の例
- 新基準 (2021年〜): 「背もたれ」機能の厳格運用。2025年町田の例。
数字上「30㎝」は消えましたが、むしろ厳格化しています。2018年に使用できた柏の座席と同じような座席が2025-26町田では使えなくなっています。ACL EITEに進化したことで、スタジアム基準を守れないチームが出場する可能性も低くなり、あいまいなルール運用ではなく厳しいルール運用へと移行していったんじゃないかと推測しす。
そもそも座席のない柏熱地帯のような立見席や、小瀬のベンチシート、背もたれが申し訳程度に付いた柏や町田の座席は、「背中を支える」機能がないとみなされ、一律NGと弾かれてしまっています。
日立台に「背もたれ」がつくぞ
2016年の報道で「規定クリアはたった3,500席」と書かれた日立台ですが、メインスタンドのSS席の改修など、少しずつアップデートを続けています。昨今のAFCの「背もたれルール厳格化」を受けて、2025年シーズンオフにMR席とバックスタンドに背もたれが付きます(笑)
先日のリリースです。
※MR・バックスタンド全席種を【背もたれ・カップホルダー付き】の座席に更新いたします。それに伴い価格を改定いたします。(出典:柏レイソル 2025シーズン価格改定リリースより)
この発表で、長年の懸案だった「背もたれ」ルールへの回答になる極めて大きな一歩です。
この改修が完了すれば、ACL基準をクリアする座席数は大幅に増加します。現在、SS席、MR席、そして改修後のバックスタンド席を合わせただけでも、AFCが要求する「5,000席以上」を大きく上回り、約9,000席近い個席が確保できる見込みです。日立台開催への大きな障害が取り除かれることになります。
待ってろアジア。柏から世界へ
この改修は、次のACLシーズン(2026年秋から始まる「ACL ELITE2026-27」or「ACL2」)の出場を見据えた準備でしょう。確定はしていませんが、2025シーズンを2位で終えたことで、ACL出場権獲得の可能性は高まっています。
一方、今回のリリースでは、「MR・バックスタンド」に言及されています。逆に言えば、サンライズシートやビジター指定席については、改修の具体的な言及はありません。次のACL ELITE2026-27の開催までには、2026特別リーグと2026-27J1リーグの中断期間があるため、段階的に工事を進める計画なのかもしれません。
ACL ELITEでもACL2でも出場できれば、2018年以来8年ぶりとなるアジアの大会への出場になります。 久しぶりのアジアの大会。これはワクワクします。できればACL ELITEが良いですが、この際ACL2でも構いません。 出場できるか確定するのはおそらく2026年5月くらいになりますが、楽しみすぎますね。


